書籍出版社の数理(1)―売り上げの安定って大事ですよね
突然ですが、今回から数回にわたり、書籍出版社の数理について考察することにします。関係ない人にはまったく興味を持てない話なので申し訳ないのですが、これが結構面白いんです。
出版業界ではときどき「ベストセラー病」という言葉を使う人がいます。ベストセラーが出ることで、お金に余裕ができて贅沢になり、高固定費の経営へとだんだんシフトして、常にベストセラーが出ることを前提とするようになっていくことを指しているようです。 これを「ベストセラー病」と言ってしまっては、まるでベストセラーなんて出ないほうがいいというような話になってしまいますが、そもそも、この問題の根源は「書籍出版社の売り上げは非常に変動しやすい」ということにあると思います。
これからの数回にわたり、「なぜ書籍出版社の売り上げは変動しやすく、安定しづらいのか」を考え、さらにそこから、書籍出版社が考慮するべき新しい経営の指標とその算出方法を提案したいと思います。
第1回の今回は、そもそも、「売り上げの安定」にはどういう意味があるのかを考えます。ご存知の方には当たり前ですが、出版業に限らず、あらゆる企業にとって売り上げの安定は非常に大きな意味があります。
では、ここから本題です。
・売り上げの変動はお金の使い方を非効率にする
一般的に、企業は毎年の売り上げや利益を最大化するべく努力しています。売り上げや利益が大きければ、ボーナスや給料が増え、負債を返済し預金を増やし、株主への配当を増やすことができるので、もちろんそれは正しいことです。しかし、高い売り上げが安定的に持続せず、毎年大きく変動するような場合には、その年の売り上げや利益を増やすことだけを目標にするのではなく、もう少し別なアプローチも必要になってくるのではないでしょうか。
中小規模の出版社では、売り上げが毎年、数十%規模で変動することが珍しくありません。出版社には非常に楽観的な人たちが多いので、好調だった前年の売り上げ値をもとに翌年の予算が組まれることになりやすく、このため経費の使いすぎや人件費増大による赤字を招くことになりがちです。逆に好調だった前年度の売り上げを僥倖に過ぎないと考え、慎重になって経費の増大を防ぐような経営戦略も考えられますが、その慎重な態度が過度になると、いつまでたっても新しい人材を雇用することも、新しいシステムを導入することもできなくなり、会社の成長や世代交代を妨げることになりかねません。
このように売り上げ変動が大きいと、リスクを過小に評価して「使ってはいけないお金を使ってしまう」ことが起こったり、あるいはリスクを過大に評価して「使っていいはずのお金を使わない」ということが起こります。どちらの場合についても、真に適切にお金を使った場合よりも非効率になり、つまりコストが発生したことになります。売り上げの変動が大きいほど、経営が非効率になる可能性が高まるのです。
一方、売り上げがそれほど大きくなくても、毎年ある程度、安定している場合はどうでしょうか。その場合には、売り上げがある程度見通せますから、見通しに応じて予算を組み、人材を配置し、設備更新の計画を立てることが可能になります。売り上げが安定している企業では、不意に借り入れする必要が生じることは少ないですし、資金繰りで追い込まれて一発逆転の危険な投機をするなどという必要もほとんどないでしょう。逆に、不測の業績悪化を恐れて過大に内部留保も持つという必要もありません。このことにより資本の運用に無駄が少なくなりますので、結果的に収益率も高くなります。
つまり、売り上げの変動が大きいと、将来が読めない、リスクが適正に評価できないということが原因となって、コストを生じさせることになるのです。
・変動が大きいと、過大な設備や人員を持たなければならない
売り上げの変動がコストを増大させるのは、資本の使い方のせいだけではありません。別の理由によっても、売り上げの変動はコストを増大させます。売り上げの変動が大きいと、過大な設備や人員を持つ必要があるからです。
ためしに次のような極端な経営戦略を考えて見ましょう。目の前に売り上げを伸ばすチャンスがあったときでも、あえてそれを見逃し、低い売り上げに甘んじる、というような戦略です。この場合、売り上げ金額は毎年同じように低いままにとどまりますが、これもある意味「安定」といえるでしょう。
こんなことは馬鹿げていると普通なら思うところですが、あえて高い売り上げを目指さないこのような戦略にも一面の合理性があると考えられます。高い売り上げを達成するためには、一時的な需要の急増に対応するため新たに人員を雇用したり、生産設備の増強や、ランニングコストのかさむシステムを導入するなどの必要が発生し、これが固定費の増大につながるからです。一個の設備に非常に大きなお金が必要な産業の場合、上記のような戦略をとる企業があっても、不思議ではありません。
固定費増大をともなうような変更を行ったあと、数年間にわたって需要が低かったら、結果的に人材やシステムは活用されないことになるので、 本来なら必要のなかった固定費の支出が続くことになります。最悪の場合には一時的に需要が増大したときに得た利益以上の損失につながる可能性もあります。このため、売り上げ増大のチャンスを見送ってでも、設備投資や新規人員の雇用なしで乗り切ったほうが、長い目で見れば得になるかもしれないのです。
各年の売り上げの変動が大きい場合、最も需要が大きなときにあわせて設備や人員を持つ必要が生じます。この過大な生産能力を維持する固定費が過大なコストとなり、利益が低減するのです。とすれば、逆に売り上げが安定するだけで、生産能力と売り上げとのミスマッチが起こらなくなりますから、ずっと大きな利益を確保できるということがわかります。
これのいい例が電力会社です。電気の使用量は年間を通して大きく変動します。停電を防ぐために、夏の日中のエアコン使用が最も多い瞬間に合わせて発電所の建設を行う必要があるにもかかわらず、夜間はそれらの設備は休止していることになり、非常に無駄です。もし、昼間の使用量を減らす代わりに夜間に電力を使ってくれる企業や家庭があれば、そのぶん昼のピーク電力使用量は減るので、新しく発電所を建設する必要が減ります。このように、需要の平準化をさせるため、電力会社は夜間電力を安く売っています。
・その年の売り上げを伸ばすことだけを目標にしていいのか?
以上のようなことを考えると、短期的な視点でその年の売り上げだけを追求することには問題がある、と指摘することができます。一時的に好業績をあげられても、毎年変動する売り上げに対応するためにコストが生じてしまうので、長期的には、そのとき得た利益を吐き出してしまうことになるからです。より長期的な視点に立って、「長期的に見たときの収益力」を高めることも考えていかなければならないでしょう。
まとめ
- 売り上げの変動が大きいと将来見通しがたたず、お金の使い方が不効率になり、コストを生じる
- 売り上げ値の変動が大きいと過大な生産設備を持つことになり、これもコスト増大の原因となる
- 売り上げ値が安定していると、コストが低下し、利益が上昇しやすい
- 単年度ベースの売り上げ上昇だけを目指すと高コスト体質になりやすい
- 長期的に利益率を高めるという視点が必要
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