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2010年3月13日 (土)

書籍出版社の数理(3)―何で売り上げ見通しは外れるのか?

・平均的売り上げをもとに年間予算を策定すると破綻する

 前回述べたように、書籍出版社が破綻しやすいのは、売り上げの変動がどのくらいの幅で起こるのか、予想がつかないからです。それでも、出版社は、毎年経営計画を立てるために予算を立てなければなりませんし、そのためには売り上げ見通しが必要です。

 これまでずっと、書籍出版社の年間売り上げ目標や年間売り上げ見通しは、勘と経験に基づいて立てられてきたといえるでしょう。前年の売り上げ実績や、過去数年間の実績の平均値に数%上乗せした数字を目標にしたり、翌年の刊行予定書籍の初刷り予定部数をもとに、前年の重版率や返品率を使って掛けたり足したりしながら決めるというような方法を、どの社も使っていると思われます。

 しかし、先に述べたように、書籍の売り上げは平均値の周りに集中することはなく、ものすごく極端に売れるものから極端に売れないものまで、非常に広く分布します。そのため、よほど特殊な事情がない限り、前年の売り上げや過去数年間の平均値、刊行予定本の見込み売り上げをもとにした売り上げ計画では、信頼性に欠けます。

 具体的に信頼性に欠ける原因を考えてみましょう。

 たとえば、ある出版社の年間売り上げの平均値が、過去数年の実績から10億円だと計算できたとしましょう。そこで10億円の売り上げのときに収支がプラスマイナスゼロになるように年間予算を策定して経営したとします。

 売り上げが平均値以上になる確率を考えてみましょう。普通ですと、平均値を上回る確率は50%ということになるはずです。でも、驚くべきことに、書籍の売り上げの場合、そうはなりません。売り上げの分布が平均値の周りに左右非対称になため、このようなことが起こります。

 前の回に述べたように、本の売れ行きの確率分布は、べき分布に従います。詳しいことはとりあえずは省きますが(あとの回でもう少し詳しく説明します)、べき分布に従うために、一部の本が極端に売れ、残りのほとんどの本はまったく持って売れないという確率分布になるのです。そのため、ベストセラーが、売り上げ全体をほぼ独占してしまいます。このような場合、平均値を上回る確率は50%から大きくずれてしまうのです。

 わかりやすい例で、考えて見ましょう。100人が100点満点のテストを受けたとします。10人だけが100点をとり、あとの90人は0点だったとしましょう。すると、平均点は10点になりますが([10×100+90×0]÷100=10)、平均点以上の人は、100人のうち10人だけです。受験者を無作為に選んだとき、その人が平均点以上である確率は、10分の1にしかなりません。このように、分布に偏りが出ると、平均を超える割合は50%からずれるのです。つまり、偏った分布の場合、平均は一握りの上位集団が極端に高い値を出したために、つり上がってしまうということです。

 同じように書籍出版社の売り上げも、平均以上になる確率は50%を下回り、平均以下になる確率は50%を超えます。ですから、平均的な売り上げのときに、収支がゼロになるような予算をたてると、黒字になるのは2年に一度以下。逆に赤字は2年に一度以上の頻度で起こります。これでは安定な経営とはいえません。

 さらに、先に述べた書籍の売り上げの性質によって、各年売り上げの平均値からのズレは、恐ろしいほど大きくなります。売り上げが平均値より2割や3割下回ることも、逆に平均の倍以上になることも、無視できない頻度で起こります。たとえば3年連続で売り上げが平均値の6割程度にとどまるようなことがあれば、会社は多大な借金を抱えてしまいます。そしてそういう確率は、実は小さくありません。

 このように考えると、平均的な売り上げをもとに年間予算を策定することは、実はけっこう無謀なことかもしれません。

・提案:「90%確実売り上げ水準」で考えてはどうか

 ここまでの議論により、年間予算の決定を平均売り上げをもとに行うことはできず、それよりもずっと低い売り上げの場合に対応できるような予算を立てる必要があることがわかりました。

 直観的にこういうことに気づいている人は、出版業界にも少なくないと思います。ですから、安全志向の経営を行う出版社では、平均売り上げの8割、あるいは7割といったような数値をもとに予算を立てているのではないでしょうか。しかし、8割とか7割とかといった数値も、「これなら大丈夫だろう」という主観的な感覚に基づいており、勘から導かれたものにすぎません。もう少し、客観的なデータから、年間予算の基準になるような数字を導けないものでしょうか。

 この「書籍出版社の数理」では、年間予算のもととなる基準として「90%確実売り上げ水準」というものを提案します。

 90%確実売り上げ水準(略して「90%水準」)とは、過去のデータから考えて90%の確率で達成できると予測される売り上げ額のことです。つまり、年間売り上げが90%水準を下回る確率は10%で、そのようなことは平均すれば10年のうち一度起こります。しかし、10年のうち平均9年間は90%水準を上回ります。

 これを基準にすると、大まかな経営方針を、以下のように考えることができます。

 まず、90%水準を基準にして年間予算(給与をはじめとした固定費、最低限行われるべき株の配当金など)を決めます。売り上げが90%水準を超えたら、ボーナスや、設備更新、それから10年に一度は訪れる90%水準を下回る場合に備えた内部留保に回します。この「10年に一度の災厄」に備えるため、どの程度預金したり、財務体質を健全にしておかなければならないか、ということも90%水準を基準に議論することができます。

 売り上げが90%水準を超える確率は90%ですが、どのくらいの金額で超えるかはばらつきがあります。先に述べたように、書籍の売り上げのばらつきは非常に大きいので、大ベストセラーが出たときには、90%水準の2倍に達することもあるでしょう。その場合には、大いにボーナスや設備更新費に反映されることになります。しかし、だからといって、毎月の給与の上昇には、必ずしもつながりません。給与をはじめとする固定費はあくまで90%水準によって決めないと危険だからです。給料を上げる、あるいは新しい人材を雇用するなど、固定費増大をともなう変革のためには、何らかの方法で90%水準を押し上げる必要があります。

 単年度ベースでの売り上げ向上だけを目指すと、企画や営業の方針がどうしても「一発狙い」に偏ります。しかし、90%水準を経営の一つの指標として採用した場合には、単年度ベースの売り上げ向上のほかに、この90%水準を向上させる方法を考えるということも目標に加わります。社員にとって見れば、単年度ベースの売り上げ向上がボーナスにつながり、90%水準の向上が給与の上昇につながるわけで、わかりやすい指標になると思います。これにより、長期的に安定な戦略を考えながら、書籍出版社の経営が行えるのではないか、というのがこの「書籍出版社の数理」の中心的な主張です。

 ここまで読んで、「そもそも90%水準の値は、どうすればわかるのか」といった疑問がわいてくると思います。もったいつけてすみませんけれど、90%確実売り上げ水準を求める方法は、次回、説明します。

まとめ

  • 年間予算を策定する基準として平均的な売り上げを使うと経営は破綻する
  • 平均売り上げより低い基準で予算策定すべきだが、その算定を勘に頼るのは好ましくない
  • 「90%確実売り上げ水準」を基準に予算策定をしてはどうか
  • 90%水準から給与などの固定費の枠を決定する。売り上げが90%水準を超えたら、ボーナスや設備更新、預金に回す

 

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