順番学研究所のご案内

無料ブログはココログ

« 2009年12月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010年3月20日 (土)

書籍出版社の数理(4)―モンテカルロ法で売り上げの確率分布を求める!

・売り上げの確率をモンテカルロ・シミュレーションで求める

 前回、前々回に述べたように、書籍出版の場合、売り上げがある額に達する確率がわからないことが、経営者の過信や、予算策定の誤りにつながるのでした。これを防ぐためには、ある程度、客観的に「売り上げがある額になる確率」を求める必要があります。今回はその方法を考えます。結論から言うと、これは過去のデータからある程度、客観的に考えることができるはずなのです。

 具体的には、物理学などで非常によく使われている「モンテカルロ法」と呼ばれるシミュレーションの手法を使います。モンテカルロ法とは、解析的な計算によって答えを導くことができないような(つまり、方程式を解くことができないような)複雑な問題の解を求めるのに使われる手法です。基本的な仕組みは、コンピュータを使って大量に発生させた乱数をモデルに当てはめることで近似的に答えを得るというものです。乱数を使うところから、カジノで有名なモナコのモンテカルロの名前がついています。

 モンテカルロ法で、書籍出版社の売り上げの90%水準を求める方法は以下のようなもので、Excelなどを使っても比較的簡単に行うことができます。

  1. 会社の編集者ごとの過去4~5年の担当書籍(数十点)とそれらの売り上げ実績(刊行から1年間の数値)のリストを作る。
  2. 各編集者がそれぞれ年間に何点担当するのが妥当か判断する。
  3. 編集者ごとのリストからランダムに年間担当点数と同じ点数の本を選び、それらの売り上げを合計することで、その編集者の年間売り上げを生成させる。つまりAという編集者が年間8点を担当するとすれば、Aが過去に担当した本のリストからランダムに8点を選び、その売り上げを合計することで、Aの年間売り上げが生成されたことになる。
  4. 各編集者について3で生成された売り上げを、全員分足すと、会社の年間売り上げ値が生成されることになる。この値を記録する。
  5. この3と4の過程を1万回程度繰り返し、年間売り上げとして生成された1万個程度のデータを得る。
  6. このデータを金額の大小の順に並べ変えて、度数分布表(ヒストグラム)を作成、グラフにする。これをもとに上位90%の境目になる売り上げ値(つまり、90%の確率でそれ以上の売り上げになるという値)を求める。これがモンテカルロ法によって求められた90%確実売り上げ水準である。

 つまり、過去の書籍の売り上げ実績をもとに、未来の売り上げをランダムに生成させ、その分布がどのようになるかを考えるわけです。
 もちろん、未来は過去とは別のものですから、モンテカルロ法で求めた確率分布が本当に正しいかどうかは、わかりません。しかし、過去のデータをある程度豊富に用意することにより、妥当な推定を行うことは可能だと思われます。

・やってみるとどんな感じのデータが得られるのか?


image01.jpg

 

 

 

 

 

 



 90%水準の求め方の話だけでは実感が得られないと思うので、少し具体的に話を進めていこうと思います。

 上の青いグラフは、べき分布に従う書籍売り上げのデータを人工的に作り出し、そこから年間50点の書籍を発行する出版社の売り上げをランダムに1万回生成させ、ヒストグラムにしたものです(実在の出版社のデータを出すのは差し障りがありますので。今回のダミーデータ生成条件など詳しいことは最後にまとめて掲示)。グラフの区間幅は1000万円です。データはダミーのものを使用していますが、実際にリアルなデータを使って行ったモンテカルロ法でも、同じような形のヒストグラムが現れます。

 このヒストグラムの特徴は、かなりピークが左(値の低い方)にずれた形をしていることと、右側の度数がだらだらと減衰しながらもなかなかゼロにならないことです。これが全体の平均を上昇させる原因となります。右端にぴょこんと大きな度数がありますが、これは売り上げが10億円以上になった度数をまとめて示しているものです。

 赤い曲線は、累積の確率(下位からの累積)をしめしています。このグラフは、3億円程度のところで10%に達していることが目測でもわかるでしょう。この場合の「90%確実売り上げ水準」は、だいたい3億円くらいだということを示しています。詳しく90%水準を求めるには、1万回生成させた売り上げ値を大きい順に並べ、9000位の値をみる必要があります。今回のシミュレーションでは、90%水準の値は2億8600万円ほどになりました。

 今回のシミュレーションの結果は、ダミーのデータを元に生成させたものですので、あまり現実味はありません。それでも実際のデータを元にした場合に得られる分布に、かなり近い「形」をしています(「絶対的な金額の大小」は、各出版社ごとにかなり違うはずです)。ここでは、分布の特徴を議論するため、このダミー値でのシミュレーション結果を元に、説明していこうと思います。今回のシミュレーション結果の統計値を算出して、リストにしてみました。

  • 90%水準   286,367,875円
  • 下四分位数  313,095,634円
  • 中央値    351,895,379円
  • 上四分位数 405,904,474円
  • 平均値    382,238,878円
  • 最頻区間  340,000,000~350,000,000円
  • 標準偏差   136,162,338円
  • 試行回数   10,000回

 標準偏差は、参考のために算出してみましたが、分布の形が正規分布から大きくはずれているので、あまり意味がありません。それでも、売り上げ値に対して標準偏差が大きいことから、全体にかなりばらつきの大きい分布になっていることがわかります。

 中央値(上からの順位と下からの順位が同じに当たる値。今回の場合は5000位の値のこと)をみてみましょう。中央値は、これ以上の売り上げが達成される確率が50%になる値なので、本シミュレーションにとっては非常に重要な値です。前回の議論のように中央値と平均値を比べると、平均値のほうが大きいことがわかります。これは、ヒストグラムの右端の方、すなわち、売り上げが非常に高い値になる度数が無視できないほどたくさん生じていることに原因があります。これによる平均のつり上げ効果がかなりあり、結果として、売り上げが平均値を超える確率は2分の1を下回ります。

 度数分布から、売り上げが平均を超える確率を求めるためには、平均値と同額のデータが何位になっているかを調べます。今回の場合は上から3400位くらいのところに平均と同じ程度のものがありました。このことから、売り上げが平均を超える確率は、34%という結果になります。

 上四分位数とは、順位で上から4分の1に当たる値のことです。下四分位数とは、逆に、順位で下から4分の1に当たる値のこと。売り上げが上四分位数より大きくなる可能性は25%、また下四分位数よりも小さくなる可能性も25%です。くどいですが、上四分位数と下四分位数の間に売り上げが納まる確率は50%ということになります。

  今回の場合、下四分位数が3億1300万円くらい、上四分位数が4億600万円くらい。これくらいの範囲での売り上げ値の変動は、かなり頻繁に起こるということがわかります。上四分位数から下四分位数では、25%ほど金額が違います。2~3割程度の売り上げ変動は当たり前という小規模出版社の現実が、本シミュレーションからも示唆されます。

・実用上の注意

 もし、自社のデータを使ってこのシミュレーションを実際にやってみようという場合にはいくつかの注意事項があります。もう、すでにここまで読まれた方の中には、いくつか突っ込みどころがあることに気づいておいでの方もいるでしょうが…。

 まずは、このシミュレーションで予測できるのは新刊・準新刊の売り上げだけだという点です。しかし、既刊書の売り上げについては、従来の勘に頼る方法や、線形的な予測でも、それほど大きな外れはないと考えられます。そういった方法と併用して、売上総計を求めることが可能でしょう。

 上記の「やり方」のところでは、各書籍の発行後1年間の売り上げ値を元にシミュレーションすると書きましたが、これにより、通年の新刊と、準新刊(前年度発行された本)の売り上げ合計に近い値が得られると考えられます。しかし、これだけでは不正確だと考える場合には、 各書籍の発行後1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後…の売り上げ累計数をリストにしておいて、そういった数値を元に、「第3四半期に発行された本が期末までに売り上げる金額」を算出するなどの方法で、もうすこし現実に近い形でシミュレーションすることが可能でしょう。「売り上げ」の定義をどうするか、期間をどうとるかによって、モディファイした方がいいでしょう。

 定期的に発行される本で確実に固定読者が見込める本に関しては、このシミュレーションからは外したほうがいいでしょう。シミュレーション結果にあとから加算するほうが、正確な値が求められるでしょう。

 最後に、モンテカルロ法には、本来的にいくつかの暗黙の前提があります。

 それは、各書籍の売り上げが、独立事象であるという前提です。一般的にはそのような仮定をしてもかまわないと思われますが、必ずしもそうでない可能性もあります。たとえば、シリーズものの場合、シリーズ内の本の売り上げがお互いに影響を与えあうことが考えられます。また、ある年にかなり大きなヒット作が出た場合、それにより、広告の原資が確保されたので、同じ年に出た本には例年より広告費が多く使われ、その結果、全般的に売り上げが底上げされるというようなことも考えられます。 そういうヒット作は、書店への営業活動やパブリシティ活動にも好影響を与えるので、そういった効果によっても、同年に出た本の売り上げが底上げされる可能性があります。このほかにも、ヒット作が出た直後に、第2作や派生企画を出版するという場合にも、それらの本の売り上げ値は独立事象とはいえません。各編集者ごとの過去の売り上げデータを元にシミュレーションを行うので、こういった相関関係は、結果を不正確にする可能性があります。このため、シミュレーションの結果をなるべく正確にするような補正が必要でしょう。

 もう一つの暗黙の前提は、全体状況が定常的で不変であるという前提です。最近のように、書籍市場の規模が少しずつ縮小している場合、シミュレーションの元になる過去5年間程度の実績が、そのまま将来に当てはまるとは限りません。また、ある分野に特化して本を出している出版社の場合、その分野の市場が縮小や拡大をしているなら、補正する必要があるかもしれません。このような構造的な変化を織り込むことは、モンテカルロ法とは別の方法で行わなければなりません。

・何でこんな面倒なことをしなければならないのか

 そもそも、こんなモンテカルロ法などという面倒なことをしなければ売り上げの予測が立たないのは、書籍の売り上げの確率分布が「べき分布」に従うような、ばらつきの大きい分布になっているからです。

 次回からは、そのべき分布の基本的な性質から、本の売り上げ分布の驚くべき正体に迫ります。

 

 まとめ

  • 90%水準の算出には、過去のデータを使ったモンテカルロ法を利用できる
  • モンテカルロ法により、売り上げがある水準に達する確率を判定できる
  • モンテカルロ法による結果は、書籍売り上げに関する現場の感覚と矛盾しない
  • モンテカルロ法を利用したシミュレーションにはいくつかの限界や暗黙の前提があるので、実用上は注意が必要

 

*シミュレーションに使ったダミーデータの生成条件

  • 下限3,000部上限200万部で、累積分布関数の指数が1.63のべき分布に従うよう、データをランダムに生成させた(生成させたデータは連続値)。
  • すべての本の価格が1,000円であるとして、上記で生成させた値に1,000をかけた(生成させたデータが連続値だったので、結果は1,000で割り切れるものにはなっていない)。
  • 各年度の発行タイトル数は50点とした。
  • 試行回数は10,000回

 

2010年3月13日 (土)

書籍出版社の数理(3)―何で売り上げ見通しは外れるのか?

・平均的売り上げをもとに年間予算を策定すると破綻する

 前回述べたように、書籍出版社が破綻しやすいのは、売り上げの変動がどのくらいの幅で起こるのか、予想がつかないからです。それでも、出版社は、毎年経営計画を立てるために予算を立てなければなりませんし、そのためには売り上げ見通しが必要です。

 これまでずっと、書籍出版社の年間売り上げ目標や年間売り上げ見通しは、勘と経験に基づいて立てられてきたといえるでしょう。前年の売り上げ実績や、過去数年間の実績の平均値に数%上乗せした数字を目標にしたり、翌年の刊行予定書籍の初刷り予定部数をもとに、前年の重版率や返品率を使って掛けたり足したりしながら決めるというような方法を、どの社も使っていると思われます。

 しかし、先に述べたように、書籍の売り上げは平均値の周りに集中することはなく、ものすごく極端に売れるものから極端に売れないものまで、非常に広く分布します。そのため、よほど特殊な事情がない限り、前年の売り上げや過去数年間の平均値、刊行予定本の見込み売り上げをもとにした売り上げ計画では、信頼性に欠けます。

 具体的に信頼性に欠ける原因を考えてみましょう。

 たとえば、ある出版社の年間売り上げの平均値が、過去数年の実績から10億円だと計算できたとしましょう。そこで10億円の売り上げのときに収支がプラスマイナスゼロになるように年間予算を策定して経営したとします。

 売り上げが平均値以上になる確率を考えてみましょう。普通ですと、平均値を上回る確率は50%ということになるはずです。でも、驚くべきことに、書籍の売り上げの場合、そうはなりません。売り上げの分布が平均値の周りに左右非対称になため、このようなことが起こります。

 前の回に述べたように、本の売れ行きの確率分布は、べき分布に従います。詳しいことはとりあえずは省きますが(あとの回でもう少し詳しく説明します)、べき分布に従うために、一部の本が極端に売れ、残りのほとんどの本はまったく持って売れないという確率分布になるのです。そのため、ベストセラーが、売り上げ全体をほぼ独占してしまいます。このような場合、平均値を上回る確率は50%から大きくずれてしまうのです。

 わかりやすい例で、考えて見ましょう。100人が100点満点のテストを受けたとします。10人だけが100点をとり、あとの90人は0点だったとしましょう。すると、平均点は10点になりますが([10×100+90×0]÷100=10)、平均点以上の人は、100人のうち10人だけです。受験者を無作為に選んだとき、その人が平均点以上である確率は、10分の1にしかなりません。このように、分布に偏りが出ると、平均を超える割合は50%からずれるのです。つまり、偏った分布の場合、平均は一握りの上位集団が極端に高い値を出したために、つり上がってしまうということです。

 同じように書籍出版社の売り上げも、平均以上になる確率は50%を下回り、平均以下になる確率は50%を超えます。ですから、平均的な売り上げのときに、収支がゼロになるような予算をたてると、黒字になるのは2年に一度以下。逆に赤字は2年に一度以上の頻度で起こります。これでは安定な経営とはいえません。

 さらに、先に述べた書籍の売り上げの性質によって、各年売り上げの平均値からのズレは、恐ろしいほど大きくなります。売り上げが平均値より2割や3割下回ることも、逆に平均の倍以上になることも、無視できない頻度で起こります。たとえば3年連続で売り上げが平均値の6割程度にとどまるようなことがあれば、会社は多大な借金を抱えてしまいます。そしてそういう確率は、実は小さくありません。

 このように考えると、平均的な売り上げをもとに年間予算を策定することは、実はけっこう無謀なことかもしれません。

・提案:「90%確実売り上げ水準」で考えてはどうか

 ここまでの議論により、年間予算の決定を平均売り上げをもとに行うことはできず、それよりもずっと低い売り上げの場合に対応できるような予算を立てる必要があることがわかりました。

 直観的にこういうことに気づいている人は、出版業界にも少なくないと思います。ですから、安全志向の経営を行う出版社では、平均売り上げの8割、あるいは7割といったような数値をもとに予算を立てているのではないでしょうか。しかし、8割とか7割とかといった数値も、「これなら大丈夫だろう」という主観的な感覚に基づいており、勘から導かれたものにすぎません。もう少し、客観的なデータから、年間予算の基準になるような数字を導けないものでしょうか。

 この「書籍出版社の数理」では、年間予算のもととなる基準として「90%確実売り上げ水準」というものを提案します。

 90%確実売り上げ水準(略して「90%水準」)とは、過去のデータから考えて90%の確率で達成できると予測される売り上げ額のことです。つまり、年間売り上げが90%水準を下回る確率は10%で、そのようなことは平均すれば10年のうち一度起こります。しかし、10年のうち平均9年間は90%水準を上回ります。

 これを基準にすると、大まかな経営方針を、以下のように考えることができます。

 まず、90%水準を基準にして年間予算(給与をはじめとした固定費、最低限行われるべき株の配当金など)を決めます。売り上げが90%水準を超えたら、ボーナスや、設備更新、それから10年に一度は訪れる90%水準を下回る場合に備えた内部留保に回します。この「10年に一度の災厄」に備えるため、どの程度預金したり、財務体質を健全にしておかなければならないか、ということも90%水準を基準に議論することができます。

 売り上げが90%水準を超える確率は90%ですが、どのくらいの金額で超えるかはばらつきがあります。先に述べたように、書籍の売り上げのばらつきは非常に大きいので、大ベストセラーが出たときには、90%水準の2倍に達することもあるでしょう。その場合には、大いにボーナスや設備更新費に反映されることになります。しかし、だからといって、毎月の給与の上昇には、必ずしもつながりません。給与をはじめとする固定費はあくまで90%水準によって決めないと危険だからです。給料を上げる、あるいは新しい人材を雇用するなど、固定費増大をともなう変革のためには、何らかの方法で90%水準を押し上げる必要があります。

 単年度ベースでの売り上げ向上だけを目指すと、企画や営業の方針がどうしても「一発狙い」に偏ります。しかし、90%水準を経営の一つの指標として採用した場合には、単年度ベースの売り上げ向上のほかに、この90%水準を向上させる方法を考えるということも目標に加わります。社員にとって見れば、単年度ベースの売り上げ向上がボーナスにつながり、90%水準の向上が給与の上昇につながるわけで、わかりやすい指標になると思います。これにより、長期的に安定な戦略を考えながら、書籍出版社の経営が行えるのではないか、というのがこの「書籍出版社の数理」の中心的な主張です。

 ここまで読んで、「そもそも90%水準の値は、どうすればわかるのか」といった疑問がわいてくると思います。もったいつけてすみませんけれど、90%確実売り上げ水準を求める方法は、次回、説明します。

まとめ

  • 年間予算を策定する基準として平均的な売り上げを使うと経営は破綻する
  • 平均売り上げより低い基準で予算策定すべきだが、その算定を勘に頼るのは好ましくない
  • 「90%確実売り上げ水準」を基準に予算策定をしてはどうか
  • 90%水準から給与などの固定費の枠を決定する。売り上げが90%水準を超えたら、ボーナスや設備更新、預金に回す

 

2010年3月12日 (金)

書籍出版社の数理(2)―出版なめてんのか?

・「出版を何だと思っているんだ!」

 ここまで読んで、ギョーカイの方は「書籍出版を何だと思っているんだ!」と、少しムッとされたかもしれません。前回述べたようなことは、経済学の本や経営に関する本にも載っている経営の常識です。たしかに、売り上げを安定化させることで長期的に見た収益が向上するというのは本当のことでしょうし、普通の製造業などには比較的簡単に当てはめられるのかもしれませんが、それがどんな業界でも簡単にできるのなら、苦労はありません。

 出版業界に身を置く者なら誰でも肌で感じるとおり、出版業は売り上げの安定化がさまざまな理由でしづらい、あるいは意味を持ちにくい業界です。その理由を整理すると、 

  • 出版の社会的役割や使命が、安定化の志向と矛盾する場合がある
  • 書籍の売り上げの確率分布の仕方が、安定化を阻んでいる
  • 出版の業界構造が売り上げの安定化の意味を持ちにくくしている

というようなことが考えられます。これら三つについて検討し、本当の問題は何なのか、完全な安定化以外に次善の策はあるのかを探っていくことにしたいと思います。

・出版の社会的役割が、安定化の志向と矛盾する場合がある

 出版の役割の一つに、「ある考えや表現をより多くの人たちに効率的に伝達する」ということがありますが、売り上げの安定化ばかりを目指すと、これができなくなってしまいます。先にあげた「売り上げを伸ばすチャンスをあえて見送る」というような極端な戦略の場合は明らかに、この役割と矛盾します。売り上げを安定化させるためには、毎年、大学やカルチャーセンターで教科書として一定数の採用が見込まれる本ばかりを作るという方法もありますが、どの会社もそうできるわけではありませんし、出版にはそれ以外にも社会的に要請される役割がたくさんあります。

 もちろん、会社がつぶれてしまっては社会的役割も何もありませんから、何らかの方法で経営を安定化させ、会社の持続可能性を追求する必要があります。しかし、売り上げの安定化だけを最優先することはできないといえます。

・書籍の売り上げの確率分布の仕方が、安定化を阻んでいる

 さて、ここでこの「書籍出版社の数理」の核心に、少し入ります。

 書籍の売り上げを数学を使って考える方法として、本がどのくらい売れるかを確率で考えるというものがあります。といっても、ある特定の本がどのような売れ方の確率を持つかは、ごく限定的にしかわかりません。そういうことではなくて、過去に出た膨大な数の本のうち、たとえば3000部売れた本が何冊あって、100万部売れた本が何冊あるか、といった統計をとり、そこから書籍というものの売り上げの確率が一般的にどのような性質を持つかを研究するのです。

 このような研究の結果は本当に驚くべきものです。書籍の売り上げの確率は、どんなギャンブルよりもずっとばらつきが大きく、不安定なものであることが明らかになるからです。

 普通のギャンブルであれば、プレイヤーは一時的に勝つことがあっても平均的には必ず負けますし、カジノ経営者が間違いなく勝つようになっています。しかし、書籍出版というギャンブルはあまりにも確率の分布のばらつきが大きく、たとえるなら、プレイヤーが大勝してカジノが破産するような極端な出来事の確率が無視できないくらい大きくなるのです。

 たとえば、コインを100枚投げるゲームを考えて見ましょう。このとき平均としては50枚が表になります。確率の計算によれば、この平均値からずれて、65枚以上が表になるような極端な出来事の確率は、ほとんどゼロであることがわかります。このように、普通の確率では、たくさんの事象が発生するとき、それらを足し合わせれば平均的な値をとることが多く、平均値から大きくずれるような、極端な出来事が起きる確率はほとんどゼロになります。このおかげで、カジノ経営者は必ず儲かるのですし、生命保険会社も損をしないというわけです。

 しかし、書籍が従う確率の法則ではそうはならないのです。書籍出版社の売り上げの平均値というものを考えて見ましょう。日本の年間の書籍の売り上げ総額は9000億円程度(店頭価格ベース)で、年間8万点程度の新刊が出ます。ここでは仮に、書籍売り上げのうち、70%が新刊によるものだと考えてみましょう。まあ、それほど無理のない仮定でしょう。すると1点あたりの売り上げ金額の平均値は787.5万円になると考えられます。だとすれば、ある出版社が年間100点の新刊を出したとき、平均的には7億8750万円(店頭価格ベース)の売り上げが期待されることになります。が、実際には、ここから大きくずれる可能性が驚くほど高いのです。この平均値の何倍もの売り上げが得られるような極端な出来事の確率も無視できないくらいありますし、2割減、3割減という逆の意味で極端な出来事の可能性も決して少なくありません。つまり、書籍販売の場合、平均値は、代表的な値としてはまったく役に立ちません。

 早い話が、書籍の出版社の売り上げは、ベストセラーが出るかどうかで大きく左右されてしまい、平均値から大きく外れやすいということです。このことにより、売り上げを安定させるのが非常に難しいのです。

 このような非常に大きなばらつきを持つ確率の正体は「べき分布に従う確率」といわれるもので、一般のギャンブルなどが従う「正規分布に従う確率」とはまったく違う性質を示します。このべき分布に従う確率が、出版社経営のリスクマネジメントにおいても大変重要です。この恐ろしいまでにワイルドな確率のばらつきをどのように将来予測の中に取り入れていくかが、課題なのです。これについては、またあとの回で詳しく触れます。

・安定化が意味を持ちにくい出版業界の構造

 さて、前回、例にあげた「目の前に売り上げを伸ばすチャンスがあってもあえて見送るという戦略」についてもう一度考えて見ましょう。この戦略が正しいのは、売り上げを伸ばすために人員やシステムなどの生産能力を増強しなければならず、これが固定費の増大につながるからでした。しかし、固定費が増大しない形での売り上げ増大策は、穏健な範囲内で行ったほうが合理的だといえます。たとえば、短期的なアルバイトを雇う費用や、増刷をかける際の印刷製本代などは、一時的なものにすぎず、もしうまくいかなかったとしても、そのときかかったお金以上の金額が損失になることはありません。支出が穏やかな範囲のものであれば、実行するべきでしょう。

 ここで特筆すべきなのは、出版業界の場合、一時的に需要が集中し、それに対応する必要が生じても、そのことが原因で固定費増大は必ずしも起こらないということです。そういう仕組みが、業界内に存在しているのです。流通と製造(印刷・製本)がアウトソーシングされているので、売れている本の売り上げをさらに伸ばす際、出版社には固定費の増大をともなうような人員やシステムの増強がほとんど必要ありません(すくなくとも、売り上げ額に比例して増やすような必要は生じません)。この点を考えれば、需要があっても売り上げをあえて低いままにしておくという戦略には、メリットはありません。
 書籍出版の場合、営業組織の人員を増大させるのは、ベストセラーが出て売り上げが増えたことに対応するためではなく、発行タイトル数が増えることに対応する場合や、新ジャンルへの展開を図る場合です。発行タイトル数が増えれば、売り上げも増える場合が多いので、「売り上げに対する営業人員の必要数」は比例するかのように思われますが、必ずしもそうではありません。

・じゃあ、何が問題なのか?

  ということは、どういうことでしょうか? 需要増に対応するためのコスト増は、書籍出版の場合、生じない。需要増が直接的に固定費増に結び付かないのなら、前回議論したもう一つの問題、「売り上げの変動が予測できないので、お金を適切に使うことができない」ということが、本当の問題のように思えます。

 そのうえ、書籍出版では売り上げの安定だけを最優先することはできないし、そもそも書籍販売の確率分布が売り上げの安定を阻んでいるので、書籍出版社は売り上げの変動をある程度受け入れるしかない。にもかかわらず、変動がどのくらいの規模で起こるのか、予測できない。つまり、リスクを評価できないので、お金の使い方もうまく決められない、というところが問題なのではないでしょうか。

 具体的な例で考えてみると、ピンとくるかもしれません。

 よくあるのが、ベストセラーで得たお金を元手に、新規事業を立ち上げるようなパターンです。新規事業は多くの場合、ハイリスクなのでうまくいかないのは珍しいことではありません。その上、本業の書籍出版の売り上げは不安定なので、しばらくすると必ず、ウソのような売り上げ減の年がやってきます。そうなると、「あの金があったら…」となるわけです。

 そのほかによくあるのが、広告や新規企画開発に、儲けた金をつぎ込むパターン。 また、新ジャンルへの進出を決定して、新しく編集者や営業部員を雇うことで固定費が増大するということもあるでしょう。

 冒険をするのが必ずしも悪いことではありません。でも、書籍出版社の売り上げの変動にどのくらいのリスクがあるのかわからず、どのくらいの金を取っておくべきで、どのくらいの金を投資に回していいのか、正しく評価できなければ相当に危険です。目をつぶって高速道路を走るようなもの、かもしれません。

  好調な売り上げが一時的な幸運なのか、それとも恒常的に続くものなのかは、たしかに判定しづらいものです。経営側の心理としては、ベストセラーが出た直後は過信に陥りやすく、結果的に、固定費の増大を招くような冒険をしてしまいがちです。これが、いわゆる「ベストセラー病」の原因でしょう。

 もしこのとき、ある程度客観的に、「現在の好調な売り上げがどのくらいの確率で起こったものなのかを判定する方法」があれば、とても便利なはずで、上記のような過信を防ぐことができるでしょう。逆に過度に慎重な態度に陥ることも、防げるかもしれません。この「書籍出版社の数理」では、この方向での解決法を探っていくことになります。

まとめ

  • 出版の社会的役割を考えれば、売り上げの安定化の追求には限界がある
  • 書籍の売り上げの確率分布の性質により、安定化は非常に困難
  • 書籍出版の場合、売り上げの安定化で固定費を抑制する効果は少ない
  • ある額の売り上げが得られる確率がわからないことが、本当の問題である

 

書籍出版社の数理(1)―売り上げの安定って大事ですよね

 突然ですが、今回から数回にわたり、書籍出版社の数理について考察することにします。関係ない人にはまったく興味を持てない話なので申し訳ないのですが、これが結構面白いんです。

 出版業界ではときどき「ベストセラー病」という言葉を使う人がいます。ベストセラーが出ることで、お金に余裕ができて贅沢になり、高固定費の経営へとだんだんシフトして、常にベストセラーが出ることを前提とするようになっていくことを指しているようです。 これを「ベストセラー病」と言ってしまっては、まるでベストセラーなんて出ないほうがいいというような話になってしまいますが、そもそも、この問題の根源は「書籍出版社の売り上げは非常に変動しやすい」ということにあると思います。

 これからの数回にわたり、「なぜ書籍出版社の売り上げは変動しやすく、安定しづらいのか」を考え、さらにそこから、書籍出版社が考慮するべき新しい経営の指標とその算出方法を提案したいと思います。

 第1回の今回は、そもそも、「売り上げの安定」にはどういう意味があるのかを考えます。ご存知の方には当たり前ですが、出版業に限らず、あらゆる企業にとって売り上げの安定は非常に大きな意味があります。

では、ここから本題です。

・売り上げの変動はお金の使い方を非効率にする

 一般的に、企業は毎年の売り上げや利益を最大化するべく努力しています。売り上げや利益が大きければ、ボーナスや給料が増え、負債を返済し預金を増やし、株主への配当を増やすことができるので、もちろんそれは正しいことです。しかし、高い売り上げが安定的に持続せず、毎年大きく変動するような場合には、その年の売り上げや利益を増やすことだけを目標にするのではなく、もう少し別なアプローチも必要になってくるのではないでしょうか。

 中小規模の出版社では、売り上げが毎年、数十%規模で変動することが珍しくありません。出版社には非常に楽観的な人たちが多いので、好調だった前年の売り上げ値をもとに翌年の予算が組まれることになりやすく、このため経費の使いすぎや人件費増大による赤字を招くことになりがちです。逆に好調だった前年度の売り上げを僥倖に過ぎないと考え、慎重になって経費の増大を防ぐような経営戦略も考えられますが、その慎重な態度が過度になると、いつまでたっても新しい人材を雇用することも、新しいシステムを導入することもできなくなり、会社の成長や世代交代を妨げることになりかねません。

 このように売り上げ変動が大きいと、リスクを過小に評価して「使ってはいけないお金を使ってしまう」ことが起こったり、あるいはリスクを過大に評価して「使っていいはずのお金を使わない」ということが起こります。どちらの場合についても、真に適切にお金を使った場合よりも非効率になり、つまりコストが発生したことになります。売り上げの変動が大きいほど、経営が非効率になる可能性が高まるのです。

 一方、売り上げがそれほど大きくなくても、毎年ある程度、安定している場合はどうでしょうか。その場合には、売り上げがある程度見通せますから、見通しに応じて予算を組み、人材を配置し、設備更新の計画を立てることが可能になります。売り上げが安定している企業では、不意に借り入れする必要が生じることは少ないですし、資金繰りで追い込まれて一発逆転の危険な投機をするなどという必要もほとんどないでしょう。逆に、不測の業績悪化を恐れて過大に内部留保も持つという必要もありません。このことにより資本の運用に無駄が少なくなりますので、結果的に収益率も高くなります。

 つまり、売り上げの変動が大きいと、将来が読めない、リスクが適正に評価できないということが原因となって、コストを生じさせることになるのです。

・変動が大きいと、過大な設備や人員を持たなければならない

 売り上げの変動がコストを増大させるのは、資本の使い方のせいだけではありません。別の理由によっても、売り上げの変動はコストを増大させます。売り上げの変動が大きいと、過大な設備や人員を持つ必要があるからです。

 ためしに次のような極端な経営戦略を考えて見ましょう。目の前に売り上げを伸ばすチャンスがあったときでも、あえてそれを見逃し、低い売り上げに甘んじる、というような戦略です。この場合、売り上げ金額は毎年同じように低いままにとどまりますが、これもある意味「安定」といえるでしょう。

 こんなことは馬鹿げていると普通なら思うところですが、あえて高い売り上げを目指さないこのような戦略にも一面の合理性があると考えられます。高い売り上げを達成するためには、一時的な需要の急増に対応するため新たに人員を雇用したり、生産設備の増強や、ランニングコストのかさむシステムを導入するなどの必要が発生し、これが固定費の増大につながるからです。一個の設備に非常に大きなお金が必要な産業の場合、上記のような戦略をとる企業があっても、不思議ではありません。

 固定費増大をともなうような変更を行ったあと、数年間にわたって需要が低かったら、結果的に人材やシステムは活用されないことになるので、 本来なら必要のなかった固定費の支出が続くことになります。最悪の場合には一時的に需要が増大したときに得た利益以上の損失につながる可能性もあります。このため、売り上げ増大のチャンスを見送ってでも、設備投資や新規人員の雇用なしで乗り切ったほうが、長い目で見れば得になるかもしれないのです。

 各年の売り上げの変動が大きい場合、最も需要が大きなときにあわせて設備や人員を持つ必要が生じます。この過大な生産能力を維持する固定費が過大なコストとなり、利益が低減するのです。とすれば、逆に売り上げが安定するだけで、生産能力と売り上げとのミスマッチが起こらなくなりますから、ずっと大きな利益を確保できるということがわかります。

 これのいい例が電力会社です。電気の使用量は年間を通して大きく変動します。停電を防ぐために、夏の日中のエアコン使用が最も多い瞬間に合わせて発電所の建設を行う必要があるにもかかわらず、夜間はそれらの設備は休止していることになり、非常に無駄です。もし、昼間の使用量を減らす代わりに夜間に電力を使ってくれる企業や家庭があれば、そのぶん昼のピーク電力使用量は減るので、新しく発電所を建設する必要が減ります。このように、需要の平準化をさせるため、電力会社は夜間電力を安く売っています。

・その年の売り上げを伸ばすことだけを目標にしていいのか?

 以上のようなことを考えると、短期的な視点でその年の売り上げだけを追求することには問題がある、と指摘することができます。一時的に好業績をあげられても、毎年変動する売り上げに対応するためにコストが生じてしまうので、長期的には、そのとき得た利益を吐き出してしまうことになるからです。より長期的な視点に立って、「長期的に見たときの収益力」を高めることも考えていかなければならないでしょう。

まとめ

  • 売り上げの変動が大きいと将来見通しがたたず、お金の使い方が不効率になり、コストを生じる
  • 売り上げ値の変動が大きいと過大な生産設備を持つことになり、これもコスト増大の原因となる
  • 売り上げ値が安定していると、コストが低下し、利益が上昇しやすい
  • 単年度ベースの売り上げ上昇だけを目指すと高コスト体質になりやすい
  • 長期的に利益率を高めるという視点が必要

 

« 2009年12月 | トップページ | 2010年4月 »