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2010年6月15日 (火)

書籍出版社の数理(8)―出版社同士の競争は激しいのか?

●出版社のシェアに関するデータは、けっこうオープンになっている

 前回、次は電子書籍のことについて書くと言いましたけれど、やっぱりやめて、出版社同士のシェア争いのことをテーマにしたいと思います。

 これまで、ちょっとずつ、折に触れて述べてきましたが、書籍出版のことをデータで論じようとしても、データがあまりないという問題があります。公になっているデータが少ないし、インサイダーなら入手できるデータでも公にしてよいものがあまりないので、具体的な話がしづらいのです。しかし、出版社のシェアに関するデータは、結構おもしろいものが、オープンになっています。

 その1つが、毎年発行される『出版年鑑』に掲載されている「全出版社売上額順位とその内訳(書籍雑誌およびその他総合計)」という統計です。これは、取り次ぎから出版社に支払われる金額をもとに統計を取ったもののようです。

 日本全国に出版社は4055社(2007年)あると言われており、ほかの業種と比べれば、寡占とは無縁な業界だと、思われているかもしれません。私も、この統計を見るまではそう思っていました。しかし、そうでもないんです。

 この統計によれば、出版も、上位による寡占がそれなりにあることがわかります。同書によれば…

 上位5位までの売り上げ占有比   21.1%
 上位50位までの売り上げ占有比  51.8%
 上位100位までの売り上げ占有比  64.0%
 上位150位までの売り上げ占有比  71.6%
 ……
 上位300位までの売り上げ占有比  82.5%
 ……
 上位500位までの売り上げ占有比  89.2%

でした(『出版年鑑』2009年版による2007年のデータ。ただし、同書は占有比の計算を間違って記載していたので、計算し直しました)。上位5社で2割を取っているなんて、思っていたより、ひどいです。といっても、それだけ規模も大きいのですから、仕方ないかもしれませんが。

 まあ、これだけでも結構おもしろいデータだと言えます。でも、もっとおもしろいデータが、公になっているのです。

 それは、ジュンク堂書店の「売り上げベスト300社」というデータです。これはジュンク堂で、一年間に各出版社の本(ISBNがついた書籍。雑誌・漫画は含まない)がどのくらい売れたかを公表したもので、『文化通信』という業界紙に掲載されます。最近では、2009年1~12月のデータが、『文化通信』の2010年1月25日号に載りました。
 
 これには、出版社名とその売上金額、売上数量、昨年比の増加率が示されています。冒頭の部分だけを紹介しますと…

         売上金額(円)   売上数量(冊)
1 講談社        1,906,352,594   2,355,264
2 集英社        1,043,594,267   1,808,071
3 小学館        1,024,388,225   1,380,889
4 角川グループ     990,000,339   1,314,997
5 新潮社        812,360,933   1,046,607
6 学研        580,673,586   485,182
7 岩波書店        527,094,894   476,648
8 文藝春秋       475,760,487   582,117
9 幻冬舎        404,220,954   465,998
10 ダイヤモンド社 399,098,111   239,701

のような感じになります(そう、1円単位まで出ているんです!)。これが、ずっと、300位まで続いて表示されています。『文化通信』の記事によれば、300位までで、ジュンク堂の売り上げのうち72.3%を占めるそうです。このデータには漫画や雑誌が含まれていないので、上記の『出版年鑑』の300位までの占有比とは数値がかなり異なります。漫画や雑誌は大きい出版社の方が盛んに出しているので、その分をシェアの計算に含めると、上位の占有比は大きくなるのだと思われます。

 ちなみに、ジュンク堂は書店チェーンとしては業界第5位で、一般書店ルート(コンビニや生協、キヨスクなどを除いたもので、書籍雑誌販売全体の66%を占める)での書籍雑誌販売のうち、2.8%ほどを占めています(『出版年鑑』2009年版の統計から算出)。書籍出版界全体を表すデータとして、十分な規模を持っていると考えていいでしょう。

●このデータで、パレート図を作ってみよう!

 さて、このジュンク堂のデータを使うと、パレート図を作れますし、パレート指数を求めることができます。

 パレート図とは、順位とその値をグラフにしたもののことを言います。業界シェアや売り上げなどを1位から順にプロットしていくわけですけれど、これは、多くの場合、べき分布になることが知られています。ですから、縦軸も横軸も対数でプロットすると直線になります。

 また、パレート図の縦軸と横軸を入れ替えると、累積確率分布の図になります(ちょっとややこしいですが、そうなるんです)。このようにして求められた累積分布(縦軸も横軸も対数表記)のグラフから傾きを求めると、確率分布がべき分布になっている場合には、累積確率分布の指数の絶対値=パレート指数を求めることができます。

 このパレート指数は、その業界でどのように競争がされているかを調べる上で、有力な情報源となると考えられているようです。
 
 まあ、細かいことは後回しにして、とにかく、ジュンク堂のデータをプロットしたものをお見せしましょう。

 まずは、パレート図からです。

 

Photo

 ごらんのように、まあまあ直線ぽくなることがおわかりになるかと思いますが、よく見ると、50位くらいのところに屈曲があるようにも見えます。

 パレート図の縦軸横軸を入れ替えて表記したのが、累積確率分布のグラフです。今回は便宜上、300位までを100%と考え、プロットすることにしました。それが以下のものです。

 Photo_2

それぞれのグラフで、フィッティングを行い、その傾きがわかるように描き込んであります。
フィッティングの結果、パレート指数の値は以下のように求められました。

 全体に対する累積分布のパレート指数         1.01
 50位までに対する累積分布のパレート指数      1.75

 このように、書籍の出版社ごとのシェアの分布では、上位300位を見ると、パレート指数はほぼ1のようです。多くの国で、全企業の売り上げの分布などを調べてみても、パレート指数は1になることが知られています。これをジップの法則というそうです。

 一般的には、この値が1より小さいと、寡占が進んでいることになります。分布の傾きが緩いと言うことは、売り上げの大きい企業が、より多く存在することになるからです。このような事態は、強者が優先的な地位を利用して公正な競争を邪魔している状態とも考えられますが、高安秀樹著『経済物理学の発見』によれば、別の解釈ができるそうです。同書によれば、その分野が全体的に成長中で、先行して参入していた企業や技術的に競争力がある企業が優位に立って他に先んじて大きく成長した場合に、パレート指数が1を下回るそうです。これは、ITなどで伸びしろがある電機関連業界に、見られるそうです。

 逆に、パレート指数が1より大きい場合は、比較的平等に売り上げが分配されていることになります(あくまで比較的、です)。これは、同書によれば、その分野が減衰していて、パイが小さくなっていくような場合にあたると考えられるようです。この状態は、不動産業や建築業の分野などで見られると言います。

 パレート指数が1というのはその中間、成長も減衰もしていない中間的な状態にある業界で見られるそうです。

 以上のことは自明なことではありません。いろいろと、シミュレーションしたり、さまざまな業界のパレート指数を比較して、得られた知見だと思います。もしかしたら、べつな解釈も考えられるかもしれません。しかし、上記のような解釈が、出版社同士の競争にも当てはまるとして、さらに、グラフ上に50位くらいのところで見られる屈曲が、偶然ではなく本当に何かを示しているのだとしたらどうでしょうか?

 書籍出版業界は、全体として縮小の傾向にあります。しかし、その影響はとくに大規模出版社の領域で顕著なのかもしれません。そして、中小零細の出版社では、全体のパイはそれほど変わっていないのかも…? 本当のところはまだわかりませんが、興味深い手がかりではないでしょうか。

 このジュンク堂のシェア統計は毎年発表されているので、各出版社の順位入れ替わりの調査もできますし、先ほどのパレート指数の年ごとの変化なども調査するとおもしろいと思います。そうすれば、衰退しつつあるこの業界の将来について、何か知見が得られるかもしれません。ぜひ、経済物理学などがご専門の方々には、研究していただきたいテーマですね。

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