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2010年12月23日 (木)

書籍出版社の数理(9)――書籍出版社に「臨界質量」は存在するか? 

●出版社に「臨界質量」って、いったい何のこと?

  物理学には、よく臨界という概念が出てきますが、今回は、その「臨界」が書籍出版社にもあるのではないか、ということを考えてみましょう。具体的に言うと、書籍出版社はある程度以上の規模がないと、持続可能ではないのではないか、ということを検討します。

 臨界のなかでも、もっとも有名なのが、ウランなどの核燃料の「臨界質量」です。
 核燃料として使われるウラン235は、自然に崩壊する過程で中性子を放出しますが、その中性子が別のウランの核にぶつかると、その核の崩壊を誘発します。誘発されて崩壊した核からもまた中性子が出て、ほかのウランの核が崩壊させる。このようにして連鎖反応が起きるため、ある一定量以上の高濃度ウランを一カ所においておくと、連鎖反応が止めどなく起こり、爆発を起こしてしまいます。これが広島型原爆の原理です。このような、連鎖反応が起こる質量のことを、ウランの臨界質量=クリティカル・マスなどと言います。ウラン燃料の連鎖反応が起こる条件は、十分な量の中性子が供給され、それが十分な量の核に衝突して崩壊が起こることなのです。

 翻って、書籍出版社が連続的に本を出し続けていけるための条件とは何でしょうか。それは、前年の売り上げから、翌年の本作りのために十分な資金を供給できるかどうかです。前年の売り上げが極端に少なく、銀行などからの借り入れでつなぐこともできなくなると、会社は倒産し、「連鎖反応」がストップしてしまうことになります。

 以前、「書籍出版社の数理(4)――モンテカルロ法で売り上げの確率分布を求める!」で検討したように、書籍出版社の年間売り上げの変動幅は大きく、売り上げが極端に少なくなる確率はかなり大きいといえます。私が以前提案した指標、「90%売り上げ水準」(90%以上の確率で、売り上げがその水準を上回るという値)の金額があまりに低い場合には、売り上げが非常に少なくなる確率が無視できないくらい大きいということで、すなわち、会社が倒産してしまう確率も無視できないくらい大きくなります。

 今回検証したいのは、その「90%売り上げ水準」が出版社の規模によってどのように変わるかです。出版社の規模、すなわち、年間発行タイトル数がある臨界点以下だと、倒産の確率が無視できないくらい高まり、持続可能性が著しく小さくなるのではないか、ということを考えてみます。

●規模が大きくなるほど、安定性は高まっていく

 そこで今回は、年間発行タイトル数が「50点の場合」「100点の場合」「200点の場合」「500点の場合」で売り上げの確率分布がどう変わるかをシミュレーションしてみました。

 本の売り上げ分布がべき分布に従うとし、以前「書籍出版社の数理(4)」で使ったのと同じ分布を利用して、モンテカルロシミュレーションを行いました(分布の特性など、シミュレーションの条件は、最後にまとめて示します)。
 年間発行タイトル数が増えれば、売り上げが増えるのはアタリマエです。今問題にしたいのは確率分布ですから、規格化するため、「年間売り上げ/出版タイトル数」の分布を見ることにします。つまり、「1年間の新刊1タイトルあたりの平均売り上げ」の分布を見ていることになります。シミュレーションの試行回数は、それぞれ1万回ずつです。
 まずは、それぞれの発行タイトル数の時の分布を以下に示します(クリックすると拡大)。

Photo

 グラフを見ると、発行タイトル数が増えるに従い、分布のピークは高くなり、極端に低い売り上げや高い売り上げになる確率は低くなります。発行タイトル数が少ないと、なだらかな分布になり、極端に低い売り上げにとどまる確率は高くなります。つまり、発行タイトル数が大きいほど、金融の世界で言うところの「リスク」が少なくなり、売り上げの変動が少ない安定した経営ができることがわかります。
 数値も見てみましょう。

年間50タイトル発行の場合
90%水準        286,367,875円
90%水準/50        5,727,357円
上四分位数/50    8,118,404円
下四分位数/50    6,261,912円

年間100タイトル発行の場合   
90%水準        613,102,857円
90%水準/100        6,131,028円
上四分位数/100    8,142,839円
下四分位数/100    6,597,425円

年間200タイトル発行の場合
90%水準        1,290,798,867円
90%水準/200        6,453,994円
上四分位数/200    8,058,901円
下四分位数/200    6,818,457円

年間500タイトル発行の場合
90%水準        3,400,693,473円
90%水準/500        6,801,386円
上四分位数/500    7,994,892円
下四分位数/500    7,102,507円

 これら数値のうち、90%水準/n(nは発行タイトル数)と、下四分位数/nを発行タイトル数でプロットしたグラフを下に示します(下四分位数は、この場合、4分の3の確率でその値を上回るというラインを示す)。

90

 このように、発行タイトル数が増えると90%水準や下四分位数は相対的に上昇していくことがわかります。発行タイトルが50から500へと、規模が10倍になると、90%水準/nは 5,727,357円から 6,801,386円 へと、金額にして100万円以上、2割近くも改善することがわかります。このシミュレーションでは、本の価格をすべて1000円と仮定していますから、金額ベースで100万円改善されると言うことは、冊数ベースだと1000部改善されるということです。出版社で本作りをしている人にとって、前提となる1タイトルあたりの冊数が1000部違うというのが、どういう意味を持つか、実感できるのではないでしょうか。

 本の売り上げの「母集団」のべき分布が示す、1タイトルあたり売り上げの平均値は、7,600,000円程度です。90%水準/nも下四分位数/nも、nが増えるにつれて平均値に近づいていきます。これは中心極限定理の効果ですね。
 このようにして、発行タイトル数が増えるほど、平均の売り上げが低くなる確率は減少しますので、経営は安定していくと予想されます。

 先に述べたように、出版社が継続的に本を出し続けるには、つねに売り上げがある水準(経営を危機にさらすような水準)を下回らないようにしなければなりません。ここで検討したように、そのような条件を満たすためには、規模が大きい(年間発行タイトル数が多い方)が有利で、小さいと著しく不利になることがわかります。ここで検討しているのは新刊売り上げだけですが、新刊依存率が高い出版社では、まさにこれが当てはまっていることでしょう。
 各出版社の経費の規模などを推測するのは非常に困難なので、ここでは定性的な議論にとどまり、「年間何タイトル以上発行しないと持続可能性が危ういか?」というような問いには、具体的に答えることはできません。しかし、それぞれの経営形態によって、書籍出版社には「臨界質量」が存在し、ある規模以下の出版社は長期的には存続できないであろうことが、予測されます。

●しかし、現実はこの予測に真っ向から矛盾する!

 しかし、です。現実はこの予測に矛盾するのです。

 『出版年鑑2009』によれば、日本の出版社数は合計3979社あり、そのうち2085社が従業員数10名以下の零細出版社です。規模が小さい会社が多いというのが、日本の出版業界の特徴なのです。

 規模が10名以下の出版社が、年間に50タイトル以上の本を出しているとは考えられません。このような会社が継続して存在している理由が、何かあるはずだと考えなければなりません。

 ひとつには、これらの零細出版社が、実際には収益を、書籍の商業出版以外の事業から得ているということでしょう。不動産業や広告業、自費出版など、商業出版とは別の安定的な事業をもっており、そちらが実質的な本業になっている会社はかなりの割合に上ると考えられます。

 もうひとつには、出版社が比較的高い参入障壁のある市場で「自然な寡占・独占」を形成し、べき分布にならないような、安定的な売り上げを達成しているという場合が考えられます。

 次回は、そのような安定的な収入源が、出版社の経営にどのような影響を与えるかを考えてみたいと思います。

*シミュレーションに使ったダミーデータの生成条件

  • 下限3,000部上限200万部で、累積分布関数の指数が1.63のべき分布に従うよう、データをランダムに生成させた(生成させたデータは連続値)。
  • すべての本の価格が1,000円であるとして、上記で生成させた値に1,000をかけた(生成させたデータが連続値だったので、結果は1,000で割り切れるものにはなっていない)。
  • 各年度の発行タイトル数が50点、100点、200点、500点のそれぞれの場合についてシミュレーションを行った。
  • 試行回数は10,000回

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