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2011年7月12日 (火)

書籍出版社の数理(14)――何を目的として、値段をつけるべきか?

価格決定の目的は何か?

 今回は、本の値段の付け方について書きます。

 本に限らず、一般に、商品の値段をメーカーや小売業者などが決めるとき、何を目的にして決めるのでしょうか。たくさん売るため、でしょうか。それとも、なるべく高く売るためでしょうか。あるいは、お客様に奉仕するためでしょうか。

 値段を決める第一の目的は、利益を最大化するためであるべきでしょう。読者だって、いい本を出す出版社がつぶれてしまうのを喜ぶはずはありません。単に高く売って、そのうえ利益が少ししか出せない出版社がつぶれたり、あんまりにも安売りする出版社がやっぱり利益を出せなくてつぶれたりするのは、好ましくないでしょう。あたりまえですけれど、利益は大事です。しかし、このアタリマエのことが、やや忘れ去られているように思えるのは私だけでしょうか。

 さまざまな分野で、需要不足と供給過多が問題になっている昨今では、ライバルを価格競争に引きずり込んで疲弊させるために低価格をつけたり、新商品の口コミ効果を期待して初期に購入してくれる冒険的な消費者に非常に安い価格で提供したり、ということばかりが注目を集めているように思えます。

 しかし、本の場合、安直な二番煎じ本か、マニュアル本や学習本を出すのでない限り、その特定の本でなければ目的を達成することができず、代えが効かないので、多くの場合、ライバルの存在は他の商品ほど問題になりません。さらに、本は、読者に1回だけしか購入されず、リピート購入はありませんから、一度だけ廉価に試供品を提供するというような戦略には意味がありません。また、最初は安くして初期の冒険的な消費者に買ってもらい、後に口コミ効果が出始めてからフォロワー的な消費者に高い値段で売る、といった価格戦略も採れません。本は多くの場合、値付けの機会が1度だけの定価販売商品だからです。

 書籍には、このような特殊な条件があり、ライバル商品を意識した小細工ができないし、あまり必要ないので、価格を決める本来の目的である「利益の最大化」をもっとも意識した戦略が重要なのではないかと考えられます。この観点から、本の値段の付け方を考えてみたいと思います。

定価販売はよいことか?

 さて、書籍は日本では数少ない、定価の設定が認められた商品で、つまり、メーカー側が小売価格を指定できます。多くの商品ではそのような「小売価格の拘束」は禁止されていますが、書籍や雑誌は、文化を守るという目的のために、例外的な措置が為されているのです。

 定価販売というのは、一つの商品に一つの定価がついていて、全国どこでもその同じ価格で買える(それ以外の値段では買えない)ということです。つまり、法律で「一物一価」が守られているということになります。

 この定価販売を維持するために、書籍業界は様々な努力を払っています。しかし、それは「いいこと」なのでしょうか。これにはさまざまな議論がありますが、もし、出版社や書店が多くの利益をとることが目的であれば、画一的な定価販売しかとれない現在の制度よりも、もっと「いい方法」はあります。

 それを考えるために、商品の価格と売れる数の関係を示す「需要曲線」について考えてみましょう。

Photo

 需要曲線は上の図ように、価格が増加するにしたがって単調減少していきます。ですから、たとえば「価格が1000円のときにもっともたくさん売れて、900円にしても1100円にしても、販売個数は減る」というような商品はないと考えられています。

 じつは、この需要曲線が必ず単調減少であるということに、画一的定価販売よりももっと大きな利益を生み出す「方法」のヒントがあります。

 需要曲線が単調減少だということは、「900円で売った時の売れ数の方が、1000円で売ったときの売れ数より必ず多い」ということを意味しています。ということは、見方を変えると、「1000円だと買わなかったけど、900円なら買うという人が必ずいる」ということになります。

 同じように、「1100円なら買わないけど1000円なら買う人」や「900円なら買わないけど800円なら買う」という人もいるはずです。そして、これら「1000円なら買う」「900円なら買う」「800円なら買う」という人々は、商品が700円で売られた場合には、全員買うはずです。

 このようにそれぞれの人は、ある価格以下になったら購買行動をとるというしきい値があり、そのしきい値以下の価格では必ず購入すると考えられます。

 このような、価格による購買行動の違いを「価格感受性」の違いといいます。 価格感受性は、非常に変動しやすく、お店の雰囲気やお財布にいくら入っているか、などによって変わってしまうそうですが、まあここでは簡単のために、それぞれの人がずっと同じ価格感受性を持っていると考えましょう。

 

「安くないとイヤな人」と「高くても平気な人」がいると言うことと、価格戦略

 さて、このように人にはそれぞれ価格感受性があると考えると、定価を設定するということの意味も違って見えてきます。

 たとえば、定価を1000円に設定すると、「1500円でも買う」と思っていた人も、1000円で購入することになります。この「1500円でも買う」と思っていた人に、もし1500円の値段を提示できれば、その人からは当然1500円を得られたはずです。

 逆に、1000円の値段をつけると、「900円なら買う」と思っていた人は買いませんから、販売の機会を逸してしまいます。商品の原価が900円よりずっと低いなら、この「900円なら買う」人にも900円の値段を提示して買ってもらう方が、儲けが増えます。

 このように、顧客の価格感受性にしたがって値段を提示し、時には安く、時には高く売ることができれば、全体の利益はずっと増えるはずです。顧客の価格感受性をうまく探り当て、きめ細かく値付けができれば(それぞれの顧客が買うと決断するギリギリの価格を提示できれば)利益は最大になります。理論上は、この価格が多段に設定できるほど、利益は増えることになりますね。

 例題を考えてみましょう。原価が1000円未満の商品を考えます。その値段が1500円なら買う人が20人いるとします。1400円なら買う人はさらに20人増えて40人、以下同様に100円下げるごとに20人ずつ増えて、1300円で60人、1200円で80人、1100円で100人、1000円で120人だとしましょう。

 この商品に1300円の定価をつけると、売上はいくらでしょうか。答えは、1300×60=7万8000円ですね。同じように1000円の定価をつけたとした場合は、1000×120=12万円です。

 では、同じ商品を、顧客の価格感受性に合わせてそれぞれ、1300円と1000円の2段階に値付けしたら、売上はいくらでしょう。答えは、1300×60+1000×60=13万8000円です。

 さらに、細かく顧客の価格感受性を調査し、1500円から1000円まで100円刻みに価格設定できた場合の売上はどうなるでしょうか。答えは、1500×20+1400×20+1300×20+1200×20+1100×20+1000×20=15万円となります。このように、理論上は、細かく値付けができるほど(もちろん原価よりは高い値付けでなければいけませんが)、利益は増えるんです。これは、需要曲線がどんな形をしていようとも、価格に対して単調減少であれば必ず成り立ちます。

でも、そんなにうまく個人ごとに価格提示できるわけないだろ!?

 しかし、この戦略を実現するには問題がいろいろあります。まず、それぞれの 人の価格感受性を探ることがそう簡単ではありません。

 たしかに、つい最近まではそうでした。しかし、いまや個人の商品購入履歴は、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)によってかなり詳細に分析できるようになっています。平たく言えば、ネット通販での購入履歴の収集、ポイントカードなどによる顧客情報と購入履歴のひも付けなどか ら、個人の価格感受性を推定できると考えられるのです。たとえば、あの人が服はバーゲンでしか買わないくせに鉄道模型を買うときは金に糸目をつけないというようなことを、かなり定量的に分析できるようになってきているということです。でも、これを過剰に行うと、個人情報の収集がいきすぎているとして、各方面から非難される可能性があります。それに、収集した情報が流出した場合には、収集していた企業も顧客も、たがいに相当の痛手を被ることになるでしょう。 賠償問題にも発展しかねませんし、企業イメージを著しく下げることになります。

 価格感受性の推定が簡単になったとしても、他にも問題があります。相手によって価格を変える戦略は、はっきり言えば、相手の足元を見て価格を決め る行為です。いちばん必要としている人に高く売り、大して必要でない人には安く売ることになりますから、売り手がこのような戦略をとっていることが消費者にわかると、不公平感からかなりの反感を買う恐れがあります。

 実際にこれをやってしまったのが、初期のアマゾンでした。アマゾンでは顧客にID登録させて購入履歴をとり、それによってレコメンデーションなど を行っています。初期のころはそれだけでなく、購入履歴から客の価格感受性を推定し、個人ごとに違う価格を提示していました。つまり、金に糸目をつけす フィギュアを購入している客には、フィギュアの値段を高く提示するというようなことが行われていたのです。そういう顧客たちは、自分のIDでログインした 後に提示された価格が、ログイン前に見た価格より高いことに気づき、激怒しました。さらには消費者団体などからも敵視されることになってしまったのです (今はそういうことはしてないそうですから、安心してください)。

相手を怒らせずに、「足下を見て売る」を実行している人たちがいる!

 しかし、価格感受性に合わせてそれぞれ別の価格を提示することは、個人情報を入手せず、顧客から反感も受けずに、そう難しくなくできる場合があるんです。

 多くの場合、価格感受性の強い(「安い」のが好き)な客は、安さのためには努力や苦労を厭わない傾向があります。また、安さのためにはある程度の悪条件も受け入れます。この傾向を利用して客をフィルタリングし、価格提示を行うのです。

 例えば、映画は、レイトショーでは価格が安く設定されています。これは、「深夜に映画館にくる」という苦労をフィルタリングに使って、価格感受性 の強い消費者を選り分け、安い値段を提示しているのです。1700円でも観るという人は、わざわざ深夜にはきませんから、彼らからは1700円を得ること ができます。一方、1200円しか払いたくない人は、わざわざ深夜にきますので、彼らから1200円を得ることができます。もし、1700円の画一的な価格だったら、彼らは映画を観にこない可能性が高いですから、まったくお金を得ることができなかったかもしれません。つまり、レイトショー割引のために、そのぶん、売上は増えたことになります。その上、1700円を払って観た客も、不公平だと怒ることはありません。

 同じようなことは、キャッシュバッククーポンを使っても行われています。商品の箱にクーポン券がついていて、これを郵便でメーカーに送り返すと、 いくらか現金や商品券がもらえるというものです。高い値段で買っても構わないと考えていた人は、わざわざクーポンを切り取ってハガキに貼り付け、投函するなどという面倒なことはしませんが、価格感受性が強い人は、これをやります。ここでも、価格感受性の低い人には高く売り、感受性の高い人には安く売るということが実現され、さらに消費者はそのことに文句を言いません。まあ、世の中にはうまいことを考える人もいるものですね。

 さて、このように必ずしも一物一価の定価販売が、利益の最大化のためにいいとは限らないのです。では、一物一価であるの本の値付けは、どうあるべきなのでしょうか。そして、本の値付けはどうしてこんなに難しいのでしょう。次回に続きます。

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