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2011年11月

2011年11月28日 (月)

書籍出版社の数理(15)――本の価格の「最適化」は可能か? あるいは電子書籍の値段は下がるかの考察

「価格の最適化」って何のこと?

前回の続きです。前回は、一般に考えられいるのとは逆に、必ずしも定価販売が利益の最大化にとって良いことではないという話をしました。

しかし、本は法律と業界の習慣によって一物一価にすることが決定づけられており、後から値段を買えることも難しいので、最初にどのように価格を設定するのかは非常に大きな問題です。

一般に、本の値段はどのように決められているのでしょうか。出版社ごとにやり方は違うでしょうが、おおむね、コストに利益を積み上げる方式で設定されていると思われます。このときの「原価率」をどのように考えるのかには難しい問題があるのですが、まあそんなことをまじめに考えている出版社がたくさんあるようには思えません。結局のところ、「だいたい、こんなもんじゃないか?」というどんぶり勘定で決めていると思って、まあ大きく外れてはいないでしょう。経験則として、これまで何となくうまくいっているから、良いだろうというわけです。

しかし、価格を1つに決めるのであれば、最適な価格をつけるべきですよね。では、最適な価格とは何でしょう。それは、利益を最大化する価格です。これは原理的には、高校生でも解ける問題ですね。基本的な考え方は、利益を表す関数を導き、それを価格で微分して極値を求めればいいはずです。

p円の本を1冊作るのに、c円のコストがかかり、その本がd部、売れるとしましょう。
すると総利益Gは次のように表せます。

Photo_3

このとき、売れる数dは前回出てきた需要曲線に従います。ですから、価格pによって売れ数dは変化しますので、dはpの関数です。このGをpで微分し、その値がゼロになるp、すなわちGが極大となるpを求めれば、それが最適化された価格のはずです。

でも、本の需要曲線の形なんか、わかんないじゃないか!

しかし、問題は、本の需要曲線の形が不明だということです。他ジャンルの商品で需要曲線の形を求める際は、過去に値引き販売したときの販売数量データをもとに推定します。でも、本の場合、値引き販売の経験がないので、データがとれません。さまざまな本がさまざまな価格で売られていますが、そのことは需要曲線の推定には役に立たないんです。1000円で売られるAという本と1500円で売られるBという本の売れ数を比較しても、それは別の商品の需要曲線に乗ったものなので、手がかりになりません。

でも、何もわからないということもないのではないでしょうか。穏やかな仮定をおいて、妥当な推測をすることは可能かもしれません。いま知りたいのは、需要曲線の本当の姿ではありません。だいたい、本当の姿なんて、価格を変動させられる商品の場合でも、完全に把握なんかできないものです。大まかな形だけでもわかれば、大きな進歩です。

そこで、とりあえず、需要曲線が大まかに以下のような関数に従うと仮定してみます。

Photo_5

dは需要数(販売数)、pは価格、Aとαは正の定数(整数でなくて良い)です。

この式に従うとすると、価格がゼロ円の時に無限に売れ、価格が無限に高いときは売れ数はゼロになります。その間を単調減少な緩やかな曲線、べき乗の式に従うと考えるわけです。もし、αが1ならば、単純な反比例の式になり、価格が半分になれば、売れ数が倍、価格が3分の1なら売れ数は3倍という結果になるはずです。αが2ならば、価格を半分にすると売上数は4倍、3分の1なら売上数は9倍になります。 

つまり、αが大きければ、価格を下げたときに売れ数が上昇する効果が大きく、αが小さければ、値下げの効果はあまりないという関係になります。

どうでしょうか。まあまあ、無理のない仮定だと思います。

マーケティングがご専門の方から文句が出そうなので先に申しますと、私たちがいま知りたいのは、「ローカルな効果」ではありません。ローカルな効果とは、値付けを1000円から999円にしたときの効果のようなことです。きりの良い数字を割り込んだとき、需要が大きく変動するという効果が知られていますが、いま知りたいのはそういうことではありません。もっとグローバルな、全体として需要曲線がどんな形になっているか、ということです。

形を、このように仮定しても、それにどんな意味があるというのでしょうか。この「α」を求める方法がなければ、そんな仮定をしても前に進みません。それが、求める方法があるんです。

本の世界にも、一物一価でないものが、ないわけではありません。それは単行本と文庫です。刊行から十分に時間のたった同じタイトルの単行本と文庫本の売れ数を、POSデータで調べて上記の関数に入れ、方程式を解けば、αの値を求めることができるのです。

具体的に考えてみましょう。あるタイトルの単行本が1500円で7000部売れたとします。同じタイトルが700円の文庫になって1万5000部売れたとしましょう。1500円の時のdの値は、当然、7000ということになります。しかし、700円の時のdの値は、15000ではありません。もし、最初から700円で販売されていた場合には、単行本を買った7000人も、最初から文庫を買ったはずですから、dの値は15000+7000で22000ということになります。これを上記の関数に代入して、αを求めると、対数を使ってα=1.5であることがわかります。これとおなじことを自分が知りたいジャンルのタイトルについて、ある程度の数、調べれば、あるカテゴリの本が一般的にだいたいどんなαを持つのか、妥当な値を推定できるだろうということです。

文庫の場合、ほんとうは、値段による効果だけでなく、判型の違い、売り場の違い、販売タイミングの違いの効果が乗っかってしまいますが、他に手がかりがないので、これでガマンするしかありません。でも、いま知りたいのは詳細な需要曲線の形ではなく、ざっくりとした形状であり、そのざっくりとした形状を表すαの値なので、それほど大きな問題はないと考えられます。

でも、本当の目的は、αを求めることじゃありません。目的は、利益を最大化する、最適な値付けをおこなうことです。

需要曲線のαがわかると、利益を最大化する「原価率」を設定することができる!

いちばん最初に書いた、総利益の式を、こんどは上で仮定したべき乗の式を使って書き直してみましょう。

Photo_6

最適な価格を求めるためには、これをpで微分して0になるようなpを求めればいいことがわかります。

Photo_7

これをpについて解くと、以下のように利益を最大化する価格、pMAXが求められます。

Pmax

このとき、1冊あたりのコストcと、そのときの原価率rの関係は、以下のようになります。

R

ですから、これにpMAXの式を代入することで、利益を最大にする原価率、rMAXが以下のように求められます。

Rmax

なんか、えらく簡単な式になりましたね。

ちょっとこの原価率の式の性質について考えてみましょう。実際にαに数を代入して、考えてみます。もし、αが1.2なら、利益を最大化する最適な原価率rMAXは0.167となります。つまり、原価率16.7%で利益率は83.3%です。えらく利益率が高いですね。αが2なら、rMAXは0.5、つまり原価率50%で利益率も50%です。αが8だったら、rMAXは0.875、つまり原価率87.5%で粗利率は12.5%です。

前に整理したように、αの値が大きいほど、値下げにより売れ数の伸びが大きく、αが小さければ、値下げの効果はあまりありません。rMAXとαの関係を調べてみると、αが大きいとき、すなわち値下げによる効果が大きいときは、原価率を上げ利益率を減らしてでも価格を下げて、薄利多売によって利益を最大化するという戦術が効果的だということを示しています。逆に、αが小さく、値下げによる効果が大きくないときには、原価率を下げて利益率を大きく取り、一つ一つの販売から十分な利益を取るのが利益を最大化する戦術となるということです。まあ、当たり前のことではありますが、定量的にこのことが示されるのは決定的に重要です。

じっさいには、「原価率」の原価をどのように考えるのか(企画制作にかかるイニシャルコストを入れるかどうか、増し刷り以降の原価だけを考えるか)、売れあまりが生じた場合の損失をコストに考えるかどうか、などテクニカルな問題はたくさん考えられます。しかし、αが求められられれば、いままで非常にあやふやだった書籍の価格決定方法に、明確な指針が得られることになります。私はここまで計算したとき、ちょっと小躍りしました。

実際のαの値は、1より小さいらしいという、決定的な事実

つづいて私は、いくつかの方法で、ノンフィクションジャンルにおける、同一タイトルの単行本と文庫の価格、売れ行きを調査しました。そして多くのタイトルを調べれば調べるほど、残念な結論が導かれることになりました。

どうも、少なくともノンフィクション書籍においては、αの値は1以下であるようなのです。

rMAXの式を見ると、αが1より小さい場合、rMAXは負の値になってしまいます。つまり、原価率を負の値にしないと利益が最大化できません。αが1より小さいときは、利益を表す関数Gに極大値がないということです。ということは、ちょっとでも安くしたところで利益を大きくする効果はなく、とにかくできるだけ高い値段で売った方が得だという結論になります。

αが1より小さいときの需要曲線の形を考えてみれば、その理由がわかります。αが1ならば、価格を半分にすると販売数は2倍になり、トータルの売上は変化しません。もし、αが1より小さければ、価格を半分にしても販売数は2倍より小さくしか伸びず、総売上額は下がってしまいます。だったら、高い値段で売った方が得に決まってます。もちろん、実際の需要曲線は、これほど単純なわけではなく、こういう関係性が非常に高い価格域まで持続することは考えにくいとは思います。でも、書籍はマーケティングでいうところの、いわゆる「価格弾力性」が小さく、値下げの効果があまりないと言うことは、事実のようです。これにより、価格の最適化はできません。上に書いた数式をじっくり追った方には大変申し訳ございません。私のガッカリを追体験していただきたかったものですから。

だったら、なぜ本の価格はこんなに「安い」のか?

以前、書いたように出版社が出す多くの本はとことん売れないので、単体では赤字になります。でも、上に書いたように値段を下げることでの売上額増の効果がなく、かえって売上が減少するのであれば、逆に値段を上げても売上額は上昇することになりますから、個々の本が赤字にならないよう本の値段を上げて、経営を改善すればいいのではないでしょうか。しかし、多くの出版社がそれをせず、多くの本で赤字が出るような価格設定にしています。つまり、単純に、需要曲線の形を考えた場合に予測されるより、本の値段は安く設定されていると考えられるのです。これは謎と言えるでしょう。どうしてこんなことが起こるのでしょうか。

一つには、出版社としての「使命」があると思います。きれい事みたいですが、一応いっておきます。本には「ある考えをなるべくたくさんの人に効率的に伝える」という使命があります。もちろん、売上額は大事ですが、たった1人の人が1冊を5000万円で買ってくれてそれ以外に1冊も売れなかった場合、それは本来の意味での出版ではありません。パブリックなものにするというのがバブリッシュですから、ただ本を作って売上金を得ればいいというものではないのです。もし、値段を上げた方が売上金額や利益が多くなるとしても、売れ数も伸ばしたいので(価格を下げても極端に売れ数が伸びるわけではないが、上げれば少しずつ売れ数は下がるのは事実なので)、両方を満たすある程度の折衷的な価格に落ち着き、そのために必ずしも利益が採れない事態に陥るということです。

もうひとつには、αが1以下というのは確かに多くの本に当てはまる事実かも知れませんが、ベストセラーにおいてはそうとは限らないということがあるのかもしれません。いくつかの単行本と文庫を見たかぎり、確かに平均的にはαが1未満ですが、1以上の高い値となる本が少数存在し、その売れ数が他の本の売れ数など問題にならなくなるほど多ければ、全体的に価格を低くつける十分な理由になります。ベストセラーではαの値が十分高く、しかも、値付けをするときにはその本がベストセラーになるかはわからず、そのうえベストセラーの売上げが全体のほとんどを占めるほど重要であれば、どの本も安めに価格をつけようというインセンティブが働きます。その結果、タイトル別に見ればほとんどの本が赤字になっても、出版社全体としては、一部の本が売れることによって十分な黒字が出せる可能性があります。しかも、本の値付けのチャンスは発行したときの1度きりですから、売上が伸びないことが判明したとしても後から値上げをすることはできず、赤字を甘んじて受け入れるしかありません。

ベストセラーになるには、その本が売れる必要があります。トートロジーのようですが、大ベストセラーは小ベストセラーが成長することによって生まれるという意味です。本がある程度売れると、その本に関する口コミが広がり、そして売れていること自体がニュースになって報じられ、より買われやすくなるのです。この、いわゆる「バンドワゴン効果」によって売上は伸びていきます。その過程で、αは最初は1以下だったとしても、ある時期に1を十分に超えることがあると考えられます。ベストセラーになるには、付和雷同的な読者がたくさん生まれることが必要ですが、その過程では価格が安いことが重要になると考えられるのです。

ベストセラーがいちばん売れているときには、αの値が十分に1よりも大きくなっているはずだという仮説は、もっともらしいのですが、証明は困難です。かつてベストセラーだった本の、単行本と文庫の売れ数を比較しても、文庫が出るのは単行本発行のかなり後のことで、文庫刊行時には売れ行きのピークを過ぎており、従ってαは1以下に下がっている可能性が高いく、参考になりません。ベストセラーのピーク付近で、値下げをおこなって売れ行きの変化を見れば、この効果の存在を証明できるかもしれませんが、そのようなデータはないでしょう。

日本で売られている本は多くのものが(専門書ではない一般的な本)、増刷時の原価率(紙代・印刷代・印税などを原価と考え、制作のイニシャルコストは原価に含めないで計算したもの)でおそらく30~50%、すなわち利益率で70~50%になるような価格に設定されていると思われます。これは、先の最適化で考えると、αの値がだいたい、1.5~2の場合に相当します。もしかしたら、ベストセラーのもっとも売れているときのαは、この程度になっているのかもしれません。あるいは、出版社の中の人が、ベストセラーになる場合にはαの値がこのくらいになると信じている、ということなのかもしれませんね。

一般的にαが1未満であるとすれば、電子書籍の価格は今後どうなっていくのか?

一般的に書籍の需要曲線を考えるとき、べき乗の式を仮定するとαの値が1以下になるという性質は、おそらく電子書籍においても同じでしょう。そう考えると、電子書籍の価格というのは今後どのようになっていくのでしょうか。未来予測はつねに困難で、外れると恥ずかしいだけですけれど、あえてしてみましょう。

電子書籍が普及すると、電子書籍の値段は極端に下がるのではないかと期待している人が多いようですが、電子書籍も本と同様に値下げしても売れるようにならない、すなわち電子書籍にも価格弾力性がないであろうことから、値下がりはそれほど期待はできないと思われます。まあ、それが需要と供給のバランスというものです。

しかし、電子書籍の場合、価格が定価によって拘束されず、もっと自由に値段を決められます(独占禁止法を厳密に解釈し、電子書籍は書籍ではないと考えれば、あくまで小売価格を決定する権利を持っているのは小売店ということになりますが)。価格改定による混乱も、紙の本と比べれは非常に少ないと思われます。先ほど考察したように、ベストセラーになって売れ行きがピークを迎えているときに、αが本当に1より十分に大きくなるというのであれば、そのときには値下げされて、より多くの利益を得ようとするようになるかもしれません。

その一方で、ほとんどの本と電子書籍は、αが1を超えることはないまま一生を終え、収支としても赤字となるという事実は変わらないでしょう。紙の本の場合は値付けの変更が困難なので、上に述べた「安すぎる価格」は放置されるのが常ですが、電子書籍では価格の変更がもっと柔軟にできるので、ある本がベストセラーにならないことが明らかになった場合は、合理的に考えると出版社は本の価格を値上げする可能性があります。そんなことをして本当に、売り上げ額が伸びるのかどうかは分かりませんが、何回かの試行の後、本当に売り上げ額が上昇することがわかれば、どの社もそうするようになるでしょう。それが定着すると、紙の本の在庫がなくなっても増刷ができないような売れ行きの悪い本なら、電子書籍の価格は紙の本より高く設定されるようになるかもしれません。

それでも、電子書籍は、おそらく最初から紙の本よりは少し安めに設定されるのが定着するでしょう。これは一物二価のほうが一物一価よりも売上が伸びるという、前回の理屈の応用です。通常価格を払って昼間映画を見に来る人と、安い値段でレイトショーを見る人をふるい分けることで全体的な売上を伸ばすというのと、同じですね。少しでも安く買いたい人は電子書籍で買うように仕向けて、一方で紙の本を買った人もそのことに不公平感を抱きません。電子書籍が定着すると、紙の本の売れ数は減ると考えられますが、その分を補うために、紙の本をかつてより高く設定し、電子書籍との差をつけるようになるのではないでしょうか。

一方で、図書館や中古本市場と、出版社の戦いは緩和されるでしょう。法律がどうなるかによりますが。図書館の本が無料で読めるということ、新古本市場で本が半額以下で買えるという事情と、出版社とのせめぎ合いは、電子書籍が主流になると緩和されると思われます。これまた、出版社に強気の値付けを決断させやすくなる原因となるかもしれません。

というようなことをつらつら考えると、電子書籍になっても、少なくとも当面は、劇的に価格が下がるということはないのではないかと考えられます。この予測を、楽観的というか悲観的というか、どちらから見るかによって異なりますが、いずれにせよ、本には一般的に、それほど価格弾力性がないということを認識すれば、自ずとこんなような結論になります。

さて、今回はあまりにお商売っぽい話に終始しすぎたので、次回はお金の話からは離れたことを書きます。

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